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070 良暹法師 さびしさに

良暹法師良暹法師
りょうぜんほうし

さびしさに 宿を立ち出でて 眺むれば いづこも同じ 秋の夕暮れ
さびしさに やどをたちいでて ながむれば いづこもおなじ あきのゆうぐれ

意訳
寂しさにたまらず、家から出て来てあたりを眺めると、どこも同じように淋しい秋の夕暮れの景色が、広がっているばかりでした。
歌の種類
秋 『後拾遺集 秋上333』
決まり字
びしさに やどをたちいでて ながむれば
いづこもおなじ あきのゆうぐれ
語呂合わせ
 さぁ、いづこ?(さぁ いづこ?)

人物

良暹法師(生没年不詳)
父母未詳
但し母は藤原実方で仕えていた白菊という女童だったという。
叡山僧。祇園別当。
歌合せに多数選出されている。
晩年は大原に隠棲。

馬を下りて

 人々大原なる所に遊行するにおのおの馬に騎る。而して俊頼朝臣が俄に下馬す。 人々驚きてこれを問ふ。 答へて云はく。
「此所は良暹が旧房なり。いかでか下馬せざらんや」と。
人々感嘆して皆もって下馬すと云々。
 これ能因の先蹤か。
 能因、兼房の車の後に乗りて行くの間、二条東洞院にて俄かに下りて数町歩行す。 兼房驚きてこれを問ふ。答へて云はく、
「伊勢の御の家の跡なり。かの御の前栽の植松、今に侍り。いかでか乗り乍ら過ぐべけんや」と云々。
松の木の末の見ゆるまで車に乗らずと云々。
件の良暹が房、いまだ消えず。

  『袋草紙 巻三』

 源俊頼が人々と馬に乗って、遊びに出ました。 大原というところに行くと、急に俊頼は馬を下りました。 人々が驚いて問うと、
「ここは良暹法師が昔住んでいたところだ。どうして馬から下りずにおられようか。失礼だろう」と言いました。
それを聞いて皆、感嘆して、馬を下りました。
 これは能因法師の話で、先例があります。
 能因が藤原兼房の車の後ろに乗っていると、二条東洞院で能因が急に車を降りて、数町歩きました。 兼房は驚いてこれを問いました。 能因が答えて言うには
伊勢の御のお屋敷の跡でした。あの伊勢の御が詠われた庭先の結び松が、今もありました。どうして車に乗ったまま通り過ぎることができましょうか」 と言いました。
松の木の梢の先が見えなくなるまで、車に乗らなかったという。

 良暹法師や伊勢が歌人として、後の時代の歌人たちから尊敬されていたことをあらわす逸話です。
ちなみに、伊勢の”結び松”の歌は不詳です。

読み上げ

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