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092 二条院讃岐 わが袖は

二条院讃岐二条院讃岐
にじょういんのさぬき

わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もなし
わがそでは しおひにみえぬ おきのいしの ひとこそしらね かわくまもなし

意訳
干潮の時でさえ、見えない沖の方にある海の底の石のように、誰知ることなく、乾く間もなく、わたしの袖は、涙で濡れています。
歌の種類
恋 『千載集 恋歌二760』
決まり字
わがそでは しおひにみえぬ おきのいしの
ひとこそしらね かわくまもなし
語呂合わせ
 我が袖は人こそ知らね(わがそでは ひとこそしらね)

人物

二条院讃岐(1141年?-1217年?)
平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての歌人。

大江山の酒呑童子討伐で有名な源頼光の後裔。
父は武家の源頼政。頼政にも、鵺退治の説話がある。
1180年、以仁王の挙兵で父と兄が死亡するが、この事件当時の二条院讃岐自身の動向は不明。

1200年の「初度百首」に、歌壇に復帰している。

沖の石

石に寄せる恋

 歌合でお題を与えられて作った歌です。
お題は「寄石恋(石に寄せる恋)」
__石に心をゆだねる恋。

「石」と「恋」をどう結び付けるのか。

 二条院讃岐の作り上げた歌の世界で、石は失恋の象徴となりました。

日の届かない暗い海の底で、潮に濡れる石。
誰にも気づかれず、失った恋に泣き濡れる女心。

 讃岐はこの歌で「沖の石の讃岐」という異名をとることになります。

読み上げ

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