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075 藤原基俊 契りおきし

藤原基俊藤原基俊
ふじわらのもととし

契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり
ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あわれことしの あきもいぬめり

意訳
あなたとのお約束を頼みにしておりましたのに。今年の秋もむなしく過ぎてゆきます。
歌の種類
雑 『千載集 雑歌上1026』
決まり字
ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて
あわれことしの あきもいぬめり
語呂合わせ
 千切り尾、哀れ(ちぎりお あわれ)

人物

藤原基俊(1060年-1142年2月13日)
曽祖父は藤原道長という家柄だが、官位には恵まれず。
公家、歌人。
源俊頼とともに、院政期の歌壇の指導者として活躍。

願いは 息子の出世

さしも草

 律師光覚、維摩会の講師の請を申しけるを、度々洩れにければ、法性寺入道前太政大臣にうらみ申しけるを、しめぢの原と侍りけれとも、又その年も洩れにければ、よみてつかはしける
   『千載集 詞書』

 【基俊の息子の光覚という興福寺の僧がいました。位は律師。
維摩会の講師を請い願っていましたが、度々人選に洩れたので、法性寺入道前太政大臣に恨みを述べたところ、「わたしを信じて、任せておきなさい」とおっしゃられたので待っていたのに、またその年も選に洩れたので、詠みました。】

 維摩会とは興福寺の維摩経講読の法会のことで、基俊の息子はこの講師を務めて、出世街道への足掛かりが欲しかったのです。
この人選に当たるのが、藤原氏の氏長者 法性寺入道前太政大臣忠通だったので、頼んだのに、まただめだった、という歌です。

 さて、写真の草は”させも=ヨモギ”です。

 あなたのヨモギの葉の上の露のようにはかないお言葉を信じていましたのに・・

 まるで、恋に破れた女の恨み言のような科白ですが、
なぜ、ヨモギなのでしょうか。
菊でもススキでもよいではないですか、ビジュアル的に。
 その謎が詞書にある”しめぢの原”に隠されています。

 しめぢの原(標茅原)は、現在の栃木県の歌枕。ヨモギの名所。
 忠通が言った”しめぢの原”が「信じて、任せなさい」の意味になるのは、理由があります。
『袋草紙』に由来を載せる、「この恋の確約を得られないのなら死ぬ、と恋に悩む女に、清水観音が示した御歌」が、それなのです。

なほ頼め しめぢが原の さしも草  われ世の中に あらむ限りは
  『新古今集 巻二十釈教1916』

  【いっそう、わたしを信じ頼りなさい、衆生のものたちよ。わたしがこの世にいる限りは。】

 ”さしも草”は”させも”と同じで、ヨモギの意味です。さし-もぐさ。ヨモギは、お灸のモグサの原料です。
”さしも草”を”モグサのように胸を焦がす悩み”と解釈するか、あたり一面に生え広がることから、”衆生”を現す意味と、解釈するかに分かれます。

「しめぢが原」といえば、清水観音の「なほ頼め」に通じる訳です。

 それを聞いて基俊はさぞや喜んだことでしょう。 それなのに、落選し、心底落ち込んだ気持ちを詠った歌が、「ヨモギの露のようにはかない言葉を命として」とくるわけです。

 これが、露を乗せるのがヨモギでないといけない理由です。

 そして、この歌が、まるで失恋の歌なのも『袋草紙』の由来をなぞって、清水観音=法性寺入道前太政大臣忠通の確約が得られないないなら死にたい、という女の縋る気持ちに模して詠ったからでしょう。

読み上げ

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074 源俊頼朝臣 うかりける 076 法性寺入道前関白太政大臣 わたの原
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