やる気になるアプリを提供すべく、日夜励んでおります。

042 清原元輔 契りきな

清原元輔清原元輔
きよはらのもとすけ

契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは
ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ すえのまつやま なみこさじとは

意訳
二人でお互いに涙でぬれた袖を絞りつつ約束したよね。「この愛は 永遠だね。どんな波でも末の松山を越えることが永遠にないのと同じように」って、約束したのにね。
歌の種類
恋 『後拾遺集 恋四770』
決まり字
ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ
えのまつやま なみこさじとは
語呂合わせ
 ちぎりきな末の松山(ちぎりきな すえのまつやま)

人物

清原元輔(908年-990年)
祖父(一説には父)は、清原深養父。 娘は清少納言
元輔、57-58歳くらいの子で溺愛したといわれている。
三十六歌仙の一人。

”心変わりした女への歌”を代作

『後拾遺集』の詞書に、こう書いてあります。
心変わりて侍りける女に、人に代りて

この歌は、元輔自身の失恋を惜しむ歌ではなく、知人の代理に作った歌です。
百人一首の中には、こうした代作の歌が、数首あります。

末の松山

末の松山は諸説ありますが、現在の茨城県多賀城市の末松山寶國寺裏が有名です。
869年にここを大地震が襲いました。
貞観の大地震です。
その時、ここ末の松山は、奇跡的にも飲み込まれずに残ったのです。
このことから、末の松山を浪が越すことはありえない、といわれ、「永久の約束」の象徴になりました。

関連記事

読み上げ

041 壬生忠見 恋すてふ 043 権中納言敦忠 逢ひ見ての

百人一首 初めてかるた

PAGETOP
Copyright © PolygonDrill All Rights Reserved.